東京高等裁判所 昭和26年(う)1580号 判決
記録を精査すると被告人に対する起訴状記載の公訴事実は所論指摘のように被告人は原審相被告人秋元弘と共謀して(中略) 阿久津利一所有の自転車一台、粳玄米一俵、男物セル羽織一枚外衣類十五点を窃取したというにあつて原審検察官はその第一回公判において刑事訴訟法第二九一条第一項に基ずきこれを朗読したところ、弁護人の釈明要求に従い第二回公判において右被害者たる阿久津利一は被告人と六親等の親族に当りかつ該被害者の告訴なき故をもつて所謂訴因の変更請求書に基ずき被告人は原審相被告人秋元弘と共謀し右起訴状記載と同一の日時及び場所において阿久津利一所有の自転車一台、粳玄米一俵及び阿久津光智所有の男物セル羽織一枚外衣類十五点を窃取した旨被告人と親族関係のない右被害者の氏名を追加変更し、弁護人も亦特に該追加変更に同意しかつ原審がこれを許容して審判したことは明白である。而して窃盜罪はいうまでもなく他人の所有に属する財物を窃取する罪であるからこれを起訴状に記載すべき公訴事実として所謂罪となるべき事実を特定する場合には判決に示すべきそれと同じようにその他人の何人であるかを明確ならしめることは固より望ましいことではあるが必ずしもこれを明示する要なく、従つてその他人の何人かを明記せず若しくはこれを明記した他人の氏名を所謂訴因を変更して補正しまたは一人若しくは数名の氏名を追加変更したからというて毫も公訴事実の同一性を害せざるは勿論該公訴の提起を不適法ならしめるものではない。故に当初被害者として指摘した他人が偶々犯人たる被告人と親族関係に当りかつその告訴がないからというて直ちに所謂訴訟条件を欠如する不適法の公訴と速断することはできない。
飜つて本件を見るに前段説示のように当初本件被害物件は全部阿久津利一所有に係るものとして起訴したところ原審検察官は訴因を変更してその一部は被告人と親族関係なき阿久津光智の所有物件であり而も同一の日時及び場所において同一の所為によつて為された旨を明確にしたに過ぎないから前敍の理由によつて毫も公訴事実の同一性を害しないことは勿論該公訴を不適法ならしめるものでもなく而も原審弁護人は進んで右訴因の変更に同意したのであるから所謂被告人の防禦に実質的な不利益を生ぜしむべき虞れがなかつたものと推考せざるを得ない。然らば前掲当初起訴状記載の被害者阿久津利一が偶々被告人と親族関係に当りかつ右利一の告訴がなかつた故をもつて該公訴提起が訴訟条件を欠如するものと為し公訴棄却の判決を為すべき筋合のものではなくまた斯る場合右訴因の変更によつて別個の公訴が提起せられた如く解し新訴について更めて刑事訴訟法第二九一条所定の手続を履践する要ある旨の主張は既にその前提において理由のないこと自ら明白なるべく論旨は結局理由がない。
(註 本件は法令違反により破棄自判)